中国自動車道・雨天事故の教訓と予防
※以下は実際の事故事例をアレンジした創作です。
文中の人物名、地名、社名などは全て仮名若しくは架空のものです。
雨の夜の悲劇
「やばい、遅れる…」
トラック運転手のY田誠一(45)は、フロントガラスを叩く雨音を気にしながらアクセルを踏み込んだ。
中国自動車道下り線、山口県に入ってからというもの、断続的な雨が視界を邪魔していた。
納品の締め切りまであと3時間。
いつもなら余裕のある距離だが、広島での積み込みが予定より大幅に遅れてしまった。
携帯には既に取引先から「到着予定時刻を教えてください」という催促のメールが届いている。
「まだ間に合う、なんとか…」
左手でハンドルを握りしめながら、右手で缶コーヒーに手を伸ばす。
目が冴えない。
眠気を紛らわすため、ラジオのボリュームを上げた。
美祢市東厚保町付近、追い越し車線の緩やかな右カーブに差し掛かったとき、誠一の目に異変が飛び込んでき。
前方約100メートルの地点で、ワゴン車がガードレールに接触し、停車していた。
「なんで追い越し車線に…」
慌てて減速しようとブレーキを踏むが、雨で濡れた路面は思いのほか滑りやすかった。
トラックは徐々に横滑りを始める。
その時、停車していたワゴン車から人影が飛び出してきた。
スマートフォンの光を片手に持ち、何かを確認しようとしている様子だった。
「危ない!」
誠一は咄嗟にハンドルを切ったが、制御を失ったトラックは容赦なく人影を襲った。
衝撃と共に、かすかな悲鳴が聞こえた気がした。
恐怖で全身が震える。
誠一は必死でトラックを路肩に寄せ、停車させた。
バックミラーに映る後続車のライトが、事故現場を不気味に照らしている。
「救急車…救急車を呼ばなきゃ」
震える手で携帯電話を取り出そうとした瞬間、さらなる悲鳴が夜空を切り裂いた。
後続車が、ワゴン車から飛び出してきた別の人影と接触したのだ。
「嘘だ…嘘だ…」
誠一は携帯をダッシュボードに落としたまま、ハンドルに崩れ落ちた。
雨は一層激しさを増し、フロントガラスを叩きつけている。
まるで、この悲劇的な夜を洗い流そうとするかのように。
事故直後の混迷
パトカーのサイレンが近づいてくる。
誠一は、雨の音と自分の鼓動が混ざり合って聞こえる中、おぼろげにその音を認識していた。
「保険…保険証書は…」
会社の事務員から幾度となく言われていた言葉が頭をよぎる。
「事故が起きたら、まず落ち着いて保険証書を確認するのよ。」
しかし今、グローブボックスから取り出した書類を見ても、文字が目に入ってこない。
ここで筆者体験です。よろしければご参考に。
「Y田さんですね」
気が付くと、若い警察官が運転席の横に立っていた。
雨合羽を着た姿が、パトカーの回転灯に照らされている。
「は、はい…」
「では、現場検証にご協力をお願いします。お車から降りていただけますか」
誠一が運転席から降りると、目の前には既に救急車が到着していた。
白い防水シートの向こうで、救急隊員たちが懸命な救命措置を行っている。
その脇では、別の警察官が後続車の運転手から事情を聴いていた。
「被害者のお一人は、タレントの方だったようです」
警察官の言葉に、誠一の体が凍りついた。
「タ、タレント…?」
「はい。という方です。もうお一方は、D森さんという方…」
その瞬間、誠一の記憶の中で、テレビで見た笑顔が蘇った。
セーラー服姿で笑いを振りまく、あの人気者。
その人を、自分が…。
「そん…な…」
膝から崩れ落ちそうになる誠一を、若い警察官が支えた。
雨は依然として降り続いている。
パトカーと救急車のライトが交錯する中、誠一は呆然と立ち尽くしていた。
たった数秒の出来事が、複数の人生を永遠に変えてしまった夜。
後ろでは、渋滞し始めた車列のヘッドライトが、まるで舞台照明のように事故現場を照らしていた。
衝撃
警察署の取調室。
誠一は妻の久美子(42)と向き合っていた。
「あなた…」
久美子の目は真っ赤に腫れていた。
朝刊各紙は既に事故を報じ、テレビでも速報が流れている。
「人気タレント死亡事故 トラックが追突」
誠一の実名こそ出ていないものの、運送会社名は既に報道されていた。
ここで筆者体験です。よろしければご参考に。
「息子には何て説明すればいいの…」
久美子の言葉に、誠一は答えられなかった。
中学二年の息子は、実はS塚さんのファンだった。
先月も、テレビに出演する彼を指差しながら「パパ、あの人おもしろいよね」と笑っていたばかりだ。
取調室のドアがノックされ、誠一の弁護士が入ってきた。
「Y田さん、被害者のご家族が…」
言葉の続きを聞く前に、誠一は立ち上がっていた。
「会わせてください」
「でも…」
「お願いします。謝罪だけでも…」
弁護士は深いため息をつき、警察官と相談に向かった。
残された誠一と久美子は、沈黙の中で時間が過ぎるのを待った。
やがて、別室での面会が許可された。
誠一は床に頭をつけて土下座をした。
視界の端で、久美子も同じように深々と頭を下げている。
「息子の命を返してください」
被害者家族の声が、冷たく響いた。
「申し訳ありません…申し訳ありません…」
それしか言葉が出なかった。
深く下げた頭を上げることができない。
「なぜ、あんなに急いでいたんです?」
答えられない。
納品の締め切りなど、取り返しのつかない命の前ではあまりにも軽すぎる言い訳だった。
「芸能界だけでなく、声優としても、バンドマンとしても、これからという時に…」
涙声が続く。
誠一は、終生背負っていかなければならない重みを感じていた。
数日後、誠一は業務上過失致死の疑いで書類送検された。
会社は無期限の運行停止処分。
信号待ちの車の中から「人殺し」と罵声を浴びせられることもあった。
しかし、それらは全て受け入れなければならないと誠一は思っていた。
雨の夜に起きた、取り返しのつかない過ちの代償として。
テレビではS塚さんの追悼特番が放送され、SNSには追悼の言葉が溢れている。
誠一は、この先何十年と、その重みと共に生きていかなければならない。
夜、久美子が差し入れてくれた夕食を前に、誠一は黙って手を合わせた。
二度と戻らない命への懺悔を込めて。
窓の外では、あの夜と同じように雨が降り続いていた。
あとがき
私は40年にわたり建設コンサルタントの営業として、交通事故データの収集・解析に携わってきました。
単なる営業担当に留まらず、道路部門をはじめとする4部門でRCCM(シビルコンサルティングマネージャ)の資格を取得し、より専門的な見地から交通事故の予防と対策に取り組んできました。
この物語は、2013年に起きた実際の交通事故をもとに、加害者の視点から再構築したフィクションです。
事故データを扱う中で私が常に痛感してきたのは、統計や数値の裏には必ず人間の物語が存在するということです。
カーブ区間における視認性の問題、雨天時の路面状態、疲労運転のリスク―これらは私たちの業界では日常的に扱うデータですが、それが現実となったとき、取り返しのつかない悲劇を生むことを、この事故は私たちに教えてくれました。
この物語が、交通事故の悲惨さを伝え、安全運転の大切さを考える一助となれば幸いです。
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